しばらくはここ数ヶ月で購入した書籍の購入理由について 第22回

「至高の日本ジャズ全史」集英社新書
「人事の古代史 ―律令官人制からみた古代日本」ちくま新書
「恐怖の構造」幻冬舎新書

 1冊目は、音楽評論家の記した日本におけるジャズの歴史を解説した新書です。
 ジャズだけでなく、クラシックやロック、ポップスなどもそれぞれジャンル史を新書にまとめているものは、すべて購入対象と決めていますので、買い揃えようとは思っています。
 ただ、思ったよりもあちこちで出ていたり、あるいは名盤と銘打っての新書もそれなりの数があるため、1冊ずつ順に購入するしかありません。
 目次をながめる限りでは、大正年間に入ってきたジャズが、おおよそ1970年代頃までをカバーしていることになっています。そこで途切れたわけも中に書かれているとのことなので、できれば紹介されている曲などを聞きつつ、こういった新書を読んでみたいものです。


 2冊目は、律令制における人事について書かれた新書です。
 古代史において、実態がどうであるかという書籍は昔からいろいろあったのですが、新書でまとめられるようになる例が急に増えてきたのは、おそらくここ10年ぐらいではないかと思われます。
 古代史という単語がタイトルに含まれる新書の新刊を見かける頻度が上がった気がしますけど、実際に統計データのように調べたわけではないので、個人て見えている範囲の勘違いかもしれません。
 この書籍は、国家の官僚の人事システムがどのようになっているかに絞って語られています。
 そして目次を見る限りは、やはり当時の支配者層である貴族との関係も解説されており、貴族が権力を持っていた時代(武家が権力を持つ時代の前)なのだなと実感させられます。
 購入した理由は、この切り口での新書は少ないだろうという読みから、また官僚制度への興味から購入しました。


 3冊目は、小説「DINER」を書いた著者が記した恐怖に関する新書です。
 目次をざっと眺めると、恐怖の説明から、恐怖とエンタメの親和性、そしてホラー小説とその面白さについて順に述べていることがわかります。
 ジャンルそのものを解説できる方は実は思ったよりも少なく、それで1冊の本に仕上げてしまえる人は、本当にそのジャンルと知悉していないと書けないものと思います。
 ですので、この新書などは、まさしく現役の作家が書かれる内容としてはよくぞ書いてくれた、というタイプの書籍です。
 個人的にはホラー小説はまったく苦手なのですが、その構造を分析したものなら大丈夫なんじゃないかと、またジャンルを解説する書籍として、購入しました。

 

しばらくはここ数ヶ月で購入した書籍の購入理由について 第21回

「大学院へ行こう」講談社現代新書
「世界史をつくった海賊」ちくま新書
「古代日本の官僚 天皇に仕えた怠惰な面々」中公新書

 1冊目は、大学院への進み方を具体的に、社会人になってから再度大学の門をくぐる人に向けた大学院に関する新書です。
 とくに、資格取得を目指すケースや高度専門職業人などを対象としていることが、帯の下部にある内容から伺えます。
 中野も目次を確認しても同様で、どうやったら大学院へ入れるのか、入るための勉強はどうすればいいのか、入ってからの勉強の進め方はどうしたらいいのか、を詳しく解説していることがわかります。
 大学院は、修士と博士の2種類がありますが、本書の冒頭数ページを中を確認するためにちらっと読むまでは、もともとは修士は「博士課程前期」であり、博士は「博士課程後期」という分かれ方をしていましたが、役割があいまいだった、ということもよく知りませんでした。
 勉強することそのものは、大学へ行ってから「やりたかった勉強はこれだ」とわかってからは、機会があれば大学院で勉強したいな、とは思うものの、そんな機会もなく、その代わりではないですが、こういった新書は気になってしまうので購入してしまいます。
 2005年発行なので、2023年となったいまは20年「も」経っていることを考慮してもなお、大学院ってどんなところだろう? と解き明かすための一助になればと思い、自分は購入しています。
 それから、企画で世界観を作る際の大学院をどういうイメージにすればよいのかの資料としても使用する予定です。


 2冊目は、西洋の海賊について書かれた新書です。世界史をつくった、という理由は目次を読む限りでは、国家間の海戦における役割や、貿易における役割などに関与していた部分が大きく、イギリスの私掠戦海賊のように国家公認の海賊による部分もあるようです。
 海賊は昔からどういう存在かという興味で細々と文献を少しずつ集めてきていましたが、集英社のマンガONE PIECEが1997年に登場して以来、ずいぶんと海賊関係の書籍は増えました。
 それまではだいぶマイナーな存在として扱われ、専門書籍はあるものの値段は高く、なかなかひょいひょい手を出せる金額ではありませんでした。
 この新書のように、新書レベルで手を出せるようになったのはここ10年ぐらいで、できるだけ海賊に関する新書は購入するようにしていることから、この新書も例にもれず購入いたしました。


 3冊目は、古代の日本の官僚について書かれた新書なのですが、切り口が斬新で、職務放棄したり、無断欠勤したり、時間にルーズだったり、乱暴だったりする律令制国家のなかの律令官人のエピソードに触れていることが、非常に面白いため、購入しました。
 なお、この場合の官吏は、下級官吏を主に対象にしているようです。

 

しばらくはここ数ヶ月で購入した書籍の購入理由について 第20回

「アーカイヴズ ―記録の保存管理の歴史と実践」文庫クセジュ
「二階の住人とその時代 転形期のサブカルチャー私史」星海社新書
「日本語と時間」岩波新書

 1冊目は、アーカイヴとアーキヴィストについて書かれた新書です。
 文庫という名称ですが、版型は新書版であり、新書です。
 アーカイヴは書庫のイメージですが、とにかくこれを残すなど選ばずに、記録として集積している文書や書籍などの記録類を指しているようです。
 こういった管理は、図書館や博物館、美術館などとは違い、つまり「うちはこれを収集するよ」というスタイルではなく、「とにかく全部」が正しいアーカイヴズの意味のようです。
 購入した理由は、とある文化的活動でアーカイヴに関することでわからないことがあり、不勉強な状態から勉強することで詳しくなるために購入しました。
 このため、「読む前」と言いつつも、ざっくりとちょいちょい読んでから購入しているため、厳密には定義から外れてしまうのですが、あまり気にせずこういった書籍も含めていこうかと。


 2冊目は、著者・大塚英志氏の正しく私史であり、サブカルチャーのなかでも著者が直接に関わった、直接に見てきた範囲をまとめた新書となっています。
 帯には、「第一級の「おたく」文化史料にして、極上の青春譚」というフレーズがありますが、リアル1980年代がどういう雰囲気の時代だったのかを、おたくの側から見えた風景として描いているのが、目次から読み取れます。
 目次で気になったのは「スタッフロールを記録する情熱」の小項目のタイトルです。
 自分の場合は、なんらかのデータがまとまった状態で一望したいと思うと、いそいそとデータベースを作り出す趣味があり、いまはパソコンがあるので楽になったものの、そんな使い方もできない頃は、ノートやルーズリーフなどにちまちま書いていたものです。
 たぶん大事だったのは「いつでも自分の手元で確認できる自分だけの自分に必要な資料」というイメージで、のちに図書館で借りた本の一部をコピーするなどしていたのも、最終的にその頃にはすでに知っていたスキャナーでコピーした紙を読み込み、データ化するためにせっせとコピーしていた気もします。
 ある程度コピーした資料が溜まると検索性が極端に落ちることがわかり、パソコンがもっと使いやすいソフトや周辺機器が出ないものかと思ったものです。
 そんな一般的ではない活動に熱心だったように、別の分野において熱をもって活動していたことを知るためにも、この新書を購入しました。


 3冊目は、帯の「古代人は「過去」を6種にも使い分けた?」というフレーズと、その下にある〈時の助動辞〉という接辞語の2点が気になり、思わず購入した新書です。
 古文は昔から苦手なのですが、別の言語だと捉えるようになってからは、ほどよい心理的距離が取れるらしく、それほど苦手を意識するほどではなくなりました。
 日本語に似た別の架空言語を作った、と思えば、古文の文法や単語なども、また違った見え方となります。
 時間に関する文法は、外国語をやっていると時制という文法用語で現れますが、言語のなかにはこの時制がない言語もあり、時間の概念、あるいは動作の概念が言語と民族によってずいぶん異なるものだな、と思った覚えがあります。
 言語学的な書物は、とくに新書は購入しやすい価格ということもあり、よく購入しています。

 

しばらくはここ数ヶ月で購入した書籍の購入理由について 第19回

「SOHO新時代が始まった 「個」を活かす自分流ビジネス」岩波アクティブ新書
アメリカの大学の裏側」朝日新書
「新書365冊」朝日新書

 1冊目は、これは1990年代後半から2000年代前半にかけての言葉、SOHO(スモール・オフィス・ホーム・オフィス)について書かれた新書です。
 1995年のWindows95の発売を契機としてネット時代が到来し、いまとなってはネットがあって当たり前のインフラと化したわけですが、初期の1990年代後半から2000年代前半にかけては、このSOHOもさることながら、ネットで商売することの暗中模索っぷりはすさまじかった記憶があります。
 インフラと化すまでは、あとで名付けられるフリーミアムという「無料で市場を席巻し、市場を独占したらそこから課金する」戦略を仕掛けるところがありましたが、これらはその無料期間を会社を支える財務のために、華々しい宣伝と広告で集客し、その集客数をもって将来性を謳い、融資を得たり、あるいは株式の仕組みによって市場から資本を集めたり、M&Aによって会社の売却と買収によって巨大化したりと、つまりネット上のサービス「以外」のところから資金を得ることで、その無料販売戦略を支えて突き進んでいました。
 自転車経営どころではなく、ノーブレーキなバイク経営のような綾噂があったわけです。
 そうして「ネット」という場所ができあがる中で、個人でスキルを持っている人が個人で、フリーランスで仕事をしていくための「連絡手段」ができあがってきたことから、自宅を、あるいは小さい事務所をオフィスにして、そこで仕事すればよくて、相手先の会社の軒先を借りて、あるいは責を用意してもらって仕事をするスタイルから、ネットがあれば喫茶店でも仕事ができるタイプの仕事は、より快適に仕事ができる外へと思考するようになり、遊牧民族の「ノーマッド」から「ノマド族」という呼び名ができるようになった、その最初がSOHOだったはずです。
 そういうネット初期に何が起こったのか、という「ネット史」的なもののひとつを知るために、確認するために、この新書を購入しました。


 2冊目は、アメリカの大学の教授などの教える側、教わる側の双方の実態を赤裸々に書いた書籍がこの新書です。
 目次を読む限りではアメリカにはある「テニュア」制度や、授業料の高騰や高額年俸、反知性主義の政治家による大学の冷遇など、盛りだくさんな内容となっています。
 アメリカの大学ランキングなどで名前だけ目にすることはあっても、実態としての大学像がどうにもわかりづらかったことかr、本書はそういった解説をしてくれるだろうと期待して購入した部分があります。
 ただ、よりセンセーショナルとまではいかないものの、派手な、わかりやすい部分に絞って書かれているような目次なので、「普通のアメリカの大学生」がどう描かれているかはむしろ気になるのです。
 日本の大学と比較するとずいぶん考え方そのものが違うだろうな、と思いつつも、どう違うのかを知るためにも本書は時間を確保してから読みたいものです。


 3冊目は、新書を1年の日数の365日から、評論家の宮崎哲弥氏が年間でも有数の新書読みであることからできあがった書籍です。
 宮﨑氏の観点で新書を斬っていくスタイルのため、なんらかの新書の情報を得ようという人よりは、新書の評価を知りたいという人のほうが向いているように思えます。
 新書好きである自分としましては、毎月の新書の刊行点数がだいぶ多くなりすぎていて、タイトルは確認できても内容までは追えていないのが現状です。
 そういった意味では、以前に「新書マップ」というおよそ1000冊の新書を独自の分類で解説した書籍がありましたが、そういった新書ガイド的な書籍が個人的に重宝します。

 

しばらくはここ数ヶ月で購入した書籍の購入理由について 第18回

「こんなに変わった理科教科書」ちくま新書
「悪魔は細部に宿る 危機管理の落とし穴」祥伝社新書
アメリカ・メディア・ウォーズ」講談社現代新書

 1冊目は、自分が学んだ時代とは、教科書はかなり変化しているらしいぞ、ということは漠然と把握しながらもどう変わったのか解説してくれる新書はないものかと思っていたところ、本書が発行されたので、本屋で手に取って中身(目次)を確認し、すぐに購入しました。
 どう変わったかもさることながら、自分より前はどうだったのだろう? というのは、たとえば数学の呼び名がバラバラで、仕事上数学の何を学んだかを確認するケースがあり、その際に「どれがどれだかわからなくなる」事態に直面しており、できれば理科だけでなく、数学の教科書も、とくに学習対象の範囲がどう変わっているかを解説した新書があれば、すぐ買うつもりです。
 この書籍では、理科教科の戦後の歴史にも言及されており、おそらくその時代ごとに何が重視されているのかを解説されているのだと思います。
 科学教育は、三丁目の夕日直前の高度経済成長期を経てよりあと、つまり戦後の闇市全盛の時代のあとの時代を経てから、「食えるようになった時代」における子供の教育にお金をかける時代、受験戦争の時代がはじまったあと、しばらくして科学的思考というフレーズで、あちこちの子供向けの学習本や教養本のような書籍に文言が飛び交っていました。
 科学教育=科学的思考、というイメージですが、ではどうすればいいのか、という点についてはとにかくそういう教材を与えれば、子供たちが創意工夫して身に付くのではないか、という曖昧な期待でもって進められていたような記憶がかすかにあります。
 実際のところ、本書のように教科書史的な流れのうえで説明されれば、もっとわかりやすかったのかもしれません。
 そういった戦後の教育史の一面を覗くために、本書を購入しています。これも、架空の学校設定を作る際には有用だと思って購入している側面もあります。


 2冊目は、危機管理に関する新書で、著者は警察庁内閣官房内閣安全保障室などに勤務した危機管理のベテランの方です。
 個人的に、非日常の分野には昔から興味があり、危機管理などもその範疇に含まれるのです。
 阪神淡路大震災オウム真理教のテロ事件、東日本大震災など、現代の日本でも数々の事件や災害がありましたが、そういった非常時に限って失敗してしまうのがなぜかについて詳しく書かれていることが、目次から推測できます。
 読み進めては考えることになりそうな書籍ですので、読むときはたっぷりの時間を確保して読んでみようと思います。


 3冊目は、アメリカのメディアの動きについて、リーマン・ショックからの動きに注目して綴ったのがこの新書です。
 2013年に発行された本書の目次からは、メディアがいかにしてネットでの活路を見出すか、あるいは投げだすかについて事例を挙げて解説するようです。
 このあたりは、報道のあり方そのものがいままでとは異なる世界に、あるいは異なる次元に突入しているイメージしかなく、ネット上でいかにお金を払ってもらうかの問題にきちんと焦点を当てて解説しつつ、今後の展望について語っています。
 このあたりの流れは遠く、速かったこともあり、いまさらながら当時の状況を把握すべく、整理された情報の新書を購入するに至ったのです。

 

しばらくはここ数ヶ月で購入した書籍の購入理由について 第17回

「モダン語の世界へ」岩波新書
「「おたく」の精神史 一九八〇年代論」星海社新書
「その情報はどこから?」ちくまプリマ―新書

 1冊目は、近現代に流行した流行語を扱った新書で、この書籍が発売された当時、似たような書籍が次々と出ていて、すわなんのブームがやって来たのかと期待したのですが、とくにブームとなるわけでもなく、自然に落ち着いていきました。
 この新書は、明治以降、昭和の戦後ぐらいまでを対象とした、その時に生まれた新語を対象としています。
 新語と言えども、現実においての言語の洗礼を受けて残るものもあれば残らないものもあるのが世の常です。
 モダン語のなかには江戸時代からの言葉が明治期に変化したり、あるいはヨーロッパだけでなく、アジアからも流入した単語もあり、そして日本語化する際に音が変化するものがほとんどです。言いやすさのハードルが低いほうが言葉は普及しやすいので。
 この新書を購入したのは、明治以降の近現代を題材にした企画を作成するときに、その当時に流行っていた単語というのは、その時代を体現してくれることが多く、そういった単語を適切に使えば、近現代の明治や大正、昭和などの時代を表現してくれるんじゃないかと思って購入しました。
 それから、モダン語、というフレーズの響きも気になったのも理由のひとつです。


 2冊目は、著者である大塚英志氏の側から見た1980年代論が描かれているのがこの新書です。
 非常に分厚く500頁近くありながらも、表紙のイラストと相まって「星海社新書らしさ」がにじみ出ているように思えます。
 内容的には、発行された2016年の前年の2015年までについて数々の「おたく的事件」に丁寧に触れており、サブカルチャーのライターとして、そういった事件に間接的に関わっていく内実も含めて、大塚氏の視点と思考から書かれていることがわかる。
 個人的には、まだ大学生でもなかった1980年代はごちゃごちゃとしていろんな事象があふれかえっていた時代で、子供のころの自分が見えていた範囲が少ないことからも、誰かが、あるいは複数の人がどう見ていたのか、という記憶と記録は、歴史というには近すぎる年代論として語ってほしいと思っていたので、ちょうどよかったのだと思います。
 そういった時代に何があったのか、という整理された書籍がないかと思って購入したのがこの新書ですが、整理されているはずなのに混雑しているイメージがあり、実際に読んでからはまた印象が変わるかもしれません。


 3冊目は、ニュースの元の情報はどこから来たのだろう? という疑問に答える新書がこの書籍です。調べ方の本であり、最近出た「調べる技術」と同系統の書籍で、こちらは2019年とちょっと前の新書となります。
 どちらにも共通するのは、「図書館をいかにして使いこなすのか」という点であることが、目次から読み取れます。
 ネットで調べものは楽になる部分もありつつも、誰でも情報を披露できるということは、そこにウソ、フェイクが入ってきても、自分の知識や判断基準がなければ惑わされやすくなったことも意味していて、そういった場合にどういう基準でフェイクかフェイクではないかを判断するのかを確認する意味もあって、この新書を購入しました。

 

今日買った本 第2回

 しばらく仕事が変わって落ち着かなくて間が開いてしまいました。
 仕事の調子を見つつ、復活させていきます。

ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門~ 5巻」KADOKAWA
「国産RPGクロニクル」イースト・プレス
「映像研には手を出すな 8巻」小学館

 1冊目は、架空言語人工言語が好きな人にとっての注目作、新書でなくてマンガです。
 題材は魔界を旅する言語学者が、魔界の住人の、つまり異種族の言語を習得するために苦労する物語。
 序盤の第1巻からすると、思えば遠くへ来たもんだ、というぐらいに数々の異種族言語」を表現しており、文化人類学のフィールドワークさながらに未開の地で、生きながら、接触して会話を試みながら、旅をしていく冒険譚。
 上記の説明で少しでも引っかかる方へは迷わずお勧めします。
 そして、「読む前」ではなく「すぐ読んだ」本ですが、そのうち何度か読み返すことでしょう。味わって読みたいマンガです。

 2冊目は、コンシューマーゲームのRPGを発展の歴史に沿って解説した書籍です。
 注視に据えているのは、ドラクエとFFであり、著者はスクウェア・エニックスのゲームプロデューサーだった著者が書かれたものです。
 冒頭の序文的な文章を読む限りでは、デジタルとアナログのゲームデザイナーとしてのゲーム観から解き明かされていく内容であることが推測されます。
 誰かがこのあたりをまとめなければならないのでしたら、内部にいた人がまとめられる余裕をもって書かれるのがいちばんよく、この書籍はそのケースに該当しそうです。
 実際のところは読んでみないとわかりませんが、目次をながめる限りでは、黎明期からプレイステーション4までを取り扱っており、国産RPGという着眼点でのゲームがいかに物語を紡いできたか(これは表紙に書かれています)を詳しく書いていることを期待しつつ読みます。


 3冊目は、架空の変な島みたいな高校を舞台に、アニメ制作をする部活動を描いたマンガです。
 なぜ購入したかというと、創作を志す人すべてに読んでほしいぐらいに、私が登場人物の金森女史の金言が好みだからです。
 アニメを創りたい、というクリエイター陣と、宣伝や経理や渉外やプロデューサーの役割を一手に引き受ける彼女こそが、クリエイターを管理する、あるいはプロデュースする側の人としての魅力に満ちているからです。
 登場人物の高校生たちは、誰しもソリッドな価値観と生き方を体現するキャラクターとなっており、モノを創ることに真摯に、というより真正面から向き合っているのが個人的にはツボです。
 そのうえで、監督である浅草氏の無軌道っぷりを鷲づかみでロックする金森女史の手腕こそがロックな生き方です。
 こちらも、読む前にこの予想を書くこともなく、帰宅して真っ先に読んでしまったので、「すぐ読んだ」本に当てはまりますが、定期的に読み直すマンガですので、こちらでも紹介させていただきます。
 創作の仕事の現場に入る前にこそ、一読することを推薦したい書籍(マンガ)です。大事なことなので、二度言いました。